お客様の声

ハッピーリング ロックグラス

父の退職祝いでロックを飲むのにグラスを贈りました。今では週末は一緒に晩酌してます。

評価:★★★★★
鈴木様  
ガラスフォトフレーム L版 たて

友人の結婚時にプレゼントしました。当人たちは思いもしなかったようで喜ばれました。

評価:★★★★★
山本様  

越前焼とは

 越前焼とは瀬戸・丹波・備前・常滑・信楽と並ぶ日本六古窯( にほん ろくこよう)の1 つです。越前焼に使われる土には鉄分が多く含まれ、耐火性も強いため、表面が赤黒・赤褐色の焼き上がりとなり、水漏れがしにくく、歴史上水や酒・藍染等の染色液の保管に使われたほか、穀物の保存・貯蔵といった用途でも使用されていました。

歴史が語る越前焼の魅力

 越前焼の歴史は今から約850 年前の平安時代末期に遡ります。平安時代末期に常滑の技術を導入して焼き締め陶を作り始め、現在「越前陶芸村」のある越前町小曽原に窯が築かれたのが始まりです。壺、甕(かめ)、すり鉢など生活雑器、宗教的用途、経筒・骨壺も作られていました。焼成には当初「窖窯(あながま)」山の斜面をトンネル状に掘り抜いた全長13m 前後の穴を用い、1300 度近い高温で1週間ほどかけて一度に焼きあげていました。室町時代後期になると、甕60 個、すり鉢1200 個など約5 トンを一度に焼くことができる全長25 メートル以上もの大きな巨大窯を作り多くの陶工が働く越前焼生産基地として繁栄しました。

眠りから冷める越前焼

 しかしながら、越前焼は愛知の常滑焼の影響を受け、明治末から大正時代にかけて窯元の廃業が相次、一時期衰退します。昭和17年(1942 年)に調査した陶磁器研究家・小山冨士夫氏(1900 ~ 1975 年)が、窯址をみて「越前窯は日本陶磁史上最も貴重な遺跡のひとつで、瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前の日本五古窯に匹敵する規模と歴史がある」と発表されたことがきっかけで、越前町熊谷の水野九右衛門氏(1921 ~ 1989 年)が小山氏の指導を受けながら発掘調査・研究を重ね山々に200 基以上の古窯が残っていたことや平安時代末期~江戸時代にかけて甕や壷が生産されていたことがわかり、越前焼の名は全国に知られるようになりました。
 戦後、陶芸村の建設により多くの陶芸家が全国から集まり現在は焼き締め陶の伝統を生かした種々の新しい作陶が試みられています。

福井県陶芸館ホームページ「越前焼とは」引用